大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)2113号の31 判決 1964年1月31日

原告 島野嘉三

被告 国

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

一、別紙物件表記載の土地についてなされた政府買収、政府売渡ならびに大阪府知事が右土地についてなした農林省名義の買収登記、売渡登記の各嘱託行為とこれにもとづいてなされた農林省の所有権取得登記、農林省よりの所有権移転登記はいずれも無効であること、右土地は原告の所有であることを確認する。

二、被告は原告に対して前項の土地の所有権を回復し、大阪府知事において前項の各登記の抹消登記手続を行うことを容認せよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求めた。

(被告)

本案前の申立として、主文一項と同旨ならびに「訴訟費用は原告の負担とする」との旨の判決を求め、

本案につき、

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、大阪市東住吉区農地委員会(以下区農地委という)は、原告所有の別紙物件表記載の土地につき自作農創設特別措置法(以下自創法という)にもとづく第一〇回買収計画を定め 大阪府知事(以下府知事という)は右計画にもとづき買収処分をした。

二、しかし、右買収処分は次の理由により無効である。

(実体上の無効原因)

(一) 本件土地は農地でも小作地でもない。

本件土地は大阪市平野土地区画整理組合地区内の土地であつて、同組合は、大阪市東南部における近代的模範都市計画事業を企図し、昭和五年一二月設立の認可を受け、まず小作地の離作措置として向う五年間の小作料を免除し、無償使用させて離作し引渡を受けた。一方同九年二月以降整地工事を開始し、大阪府、大阪市の督励の下に、道路、排水路、公園、運河等の施設を造成し、約三〇二〇〇〇坪を公共用に充て、漸次都市用地に改造し、工事竣工の程度に応じ仮換地交付を行い、既に相当地域には公私用住宅その他の建造物の設置をみたが支那事変、大東亜戦争のため都市地区の現出が一時阻まれるに至つた。しかし本件買収計画の当時においては、組合地区内の大部分は整地工事を終りその大部分が換地の仮交付を終り組合の当初の計画どおり市街地下した。戦争のため食糧増産の要請により組合地区内の土地が或は各学校勤労奉仕の農耕用に使用され、或は氏名不詳の者が無断で耕作し、或は地主の承諾をえて耕作する者もあつたがこれらはいずれも一時的使用で小作農地として賃貸したものではない。

以上のごとく、平野土地区画整理組合地区内の土地は大部分工事完了し実質上宅地となつたもので、たとえ農作物があつても自創法が買収の対象としている小作農地ではない。

(二) 仮に農地としても自創法五条四号または五号により買収より除外すべき土地である。

(三) 換地の仮交付を受けた土地を買収するに仮交付前の旧地番、旧反別を買収の対象としている。

換地の仮交付のあつた場合現実に使用収益している土地は仮交付のあつた土地であつて、旧地番の土地は単に公簿上の存在にとゞまり実在はしない。すなわち旧地番の土地に対する買収処分は実在しない幽霊の土地に対する処分で無効である。

(手続上の無効原因)

(一) 買収計画

(1) 農地買収手続には、土地収用の一般法である旧土地収用法の適用ないし準用があるから、具体的事業の認定を受けることを要するのに、農地調査規則は右認定に関する規定を欠き、本件の場合も認定を受けていない。また右規則は土地所有者が買収手続に関与することを許さず、その立会権を認めないから所有権保護の自由権を認める憲法の精神に違反し、右規則にもとづいて設定された買収計画は無効である。

(2) 自作農創設事業は、市町村単位の事業区域を確定し、買収と売渡を牽連させて、総合的単一の基本計画を設定し、これにもとづいて行うべきであるのに、本件ではこれを欠く。本件では、農地調査規則に定める農地台帳、世帯票さえ作成されていない。

(3) 買収計画の議案設定前に、自創法三条一項一号の準地域の承認申請、その指定、同条五項の買収適地認定、同法五条の買収除外指定、同法六条三項の買収対価認可申請等の手続をしなければならないのに、本件ではそれが行われていない。

(4) 区農地委は、買収計画の議案提出にさきだち、政府の監督機関である地方長官、農林大臣、大蔵大臣の認許を受け、その決議については地方長官の認可を受けなければならないのに、これらの認許を受けていない。

(5) 買収計画の議決をした会議が適法に招集され、その構成が適法で、定足数もみたしていたことは被告において立証すべきである。右会議が公開されたことは議事録によつてのみ証明でき、その証明がない限り決議は無効である。また委員会は小作層五人、自作層二人、地主層三人で構成されており、小作委員は議案(各土地を集成して一冊にまとめたものを一個の議案と解すべきである)中のある土地について利害関係を有すると推定できるから、各委員がすべての土地について買取申込その他法律上の利害関係をもたないことの証明がない限り、その決議はすべての土地につき無効である。

(6) 本件買収計画の決議は、農林省所定様式による世帯ごとの初葉表裏を欠く文書、つまり物件表関係の記載だけしかない文書についてなされた。しかし右初葉こそ買収処分という行政処分の主要部分であるから、この部分の決議を欠く本件買収計画の決議は法律上不成立である。

(7) 買収計画は決議に関与した各委員が作成すべきであるのに、本件買収計画書には決議に関与した全委員の署名押印がない。かりに区農地委の名義で作成することが許されるとしても、実際には事務当局が作成したものと考えられるから、委員会作成の公文書としての効力を与えるためには、その旨の委員会の承認決議が必要であるのに、その決議がない。また買収計画は政府の収用命令を委員会の決議という形式で表白するものであるから、買収計画がいつ開かれた委員会の特定決議にもとづいて定められたかを買収計画書の本文に記載しなければならないのに、本件ではその記載がなく、作成、備付の日付さえ記載されていない。

(8) 買収計画は公告によりはじめてその効力を生じるから、その効力発生予定時期である公告の期日を買収計画書に記載しなければならないのに、その記載がない。

(9) 買収計画に定められた買収の時期は、政府の所有権取得が確定する時期であり、この時期までに適法な手続により所有権取得が実現しなかつたときは、右時期の経過とともに買収計画は当然に失効する。本件では買収の時期までに訴願裁決書の送達、区農地委への承認書の送達、対価の支払がなかつたから、買収計画は買収の時期の経過とともに失効した。

(二) 公告

自創法六条五項の公告は、買収計画の表示方法であるから、買収計画決議の単なる抽象的広告であつてはならず、買収計画の趣旨内容の公表、すなわち買収計画書綴正本の掲示でなければならないのに、本件の公告は買収計画の縦覧の場所と期間を告知するものにすぎない。また公告の日時につき区農地委の決議が必要であるのに、この決議を経ることなく委員会長名をもつてなされた本件公告は、会長の独断専行によるものであつて、公告としての効力が生じない。

なお、同条項の縦覧書類は、買収計画の要部を抄写した文書をいい、これを縦覧に供することにより右公告を補充し、買収計画を表示しようとするものであるが、本件ではこの縦覧書類の作成された形跡がない。

(三) 異議却下決定

(1) 本件異議却下決定の決議が無効であることについては、買収計画の項の(5)に述べたところを引用する。

(2) 異議却下決定は合議制行政庁の審判の性質を有するから、その決定書には決議に関与した各委員の署名押印を必要とする。

原告に交付された本件異議却下決定書は区農地委の会長名義で作成された違式、違法のものであり、法律上は決定書として不存在である。

(四) 訴願の裁決

(1) 大阪府農地委員会(以下府農地委という)の委員のうち法律家は三名にすぎないから、大多数の委員は法律知識に欠けており、本件訴願裁決には審理不尽の違法がある。また、買収計画の適法性、妥当性を覆審すべきであるのに、原告の不服事由につき審理しただけであるから、この点からも審理不尽といえる。

(2) 合議制行政庁がする訴願の裁決に関する議案は、訴願書ではなく、決議により確定されるべき裁決書の原稿であることを要するのに、議事録によると、府農地委は後日原告に交付された裁決書の主文について議決したのみで、理由について審議をしていないから、本件裁決はその効力を有しない。

(3) 本件裁決書は、府知事が府農地委会長の資格でこれを作成公表しているが、裁決書は知事の作成すべきものではなく、決議に関与した委員が作成すべき公文書である。このことは土地収用法六六条からみても当然である。かりに知事にその作成資格があるとしても、本件裁決書の理由の部分は実際には一、二の委員または書記によつて起案されており、その草案につき知事自身の認許も府農地委の確認もなされていないから、実質的には起案者の作文にすぎず、知事作成の文書としての効力をもたない。

(五) 承認

(1) 自創法八条の承認は適法な承認申請にもとづくことを要するのに、府農地委には本件の承認申請書が現存しないから、承認申請はなかつたと推定される。区農地委に承認申請書控なる文書があるとしても、のちに作成された疑があるのみならず、委員会長名をもつて作成されているから、申請権限のない者が作成した違式のものである。また、申請書の提出につき区農地委の議決がない。かりに申請行為が適式であり、かつ府農地委に申請書が提出されているとしても、訴願裁決の効力発生前(裁決書送達前)に提出されたものであるから時期の点で自創法八条に違反し、承認申請としての効力がない。

(2) 府農地委は、各市区町村農地委員会が承認申請をした特定の買収計画に対する承認書の原稿を議案としなければならないのに、府農地委事務局が大阪府下全市区町村農地委員会の買収計画を一括して作成した第一〇回買収計画承認の件なる議案について、その外形を形式的に審査したにとどまり、実質については討議していない。これは重大明白な審理不尽であり、このような経過でなされた本件承認はその効力を生じない。

(3) 本件承認書は、府農地委会長である府知事名義で作成されているが、事務当局が作成したもので、発送前に府農地委の確認をうることもなかつたから、無権限で作成された無効のものである。

(4) かりに承認書が有効であるとしても、区農地委に送達されたのは買収期日後であるから、このような承認は違法である。

(六) 買収令書

(1) 自創法九条によれば、府知事は買収計画書写、承認書写により買収処分の実体上、手続上の要件の充足を確認したうえで、買収令書を発行、交付すべきであるのに、本件ではこの確認がなされていない。

(2) 本件買収令書と買収計画はその内容において買収対価の支払方法が異つている。府知事には買収計画の審査権はあつても変更権限はないから、本件買収令書は無効である。

(3) 対価の支払の時期を買収期日以後一年内としているが、公用徴収においては正当補償をしたのちに強制徴収するのが立憲国に普通する原理である。つぎに、支払の場所を日本勧業録行の支店としているが、取引通念または条理からいつて国が買収土地の所有権を取得する場所すなわち大阪府庁庁舎内で支払うべきである。さらに、対価を一筆ごとの現金払とせず、合筆の上大部分を証券払、千円以下を一口の現金払としたが、農地証券の額面交付は違法であり、一筆ごとに現金交付額を定めなかつたのも違法である。

(4) 買収令書は買収期日後に交付されたから無効である。

(七) 政府買収

政府買収には広狭二義がある。買収計画が定められただけではまだ執行力ある行政処分があつたということができず、その承認を受けることによつて政府の買収権能が法定され、こゝに狭義の政府買収、すなわち買収計画と承認の二個の行政作用の結合により組成される一つの法律事実が成立する。この政府の買収権能の執行は買収令書の交付という行政行為の実現により完成され、こゝに広義の政府買収、すなわち狭義の政府買収と買収令書の交付との結合組成により生じる国の土地所有権等の原始取得という法律効果がうまれる。

この狭義の政府買収は買収計画、異議、訴願、承認等の手続が適法であることを前提とし、広義の政府買収は狭義の政府買収と買収令書の交付の手続が適法であることを前提とするのに、本件では前述のとおり、これらの手続が違法であるから、政府買収も無効である。

三、以上のとおり、本件買収処分は無効であり、本件土地はいまなお原告の所有であるのに、府知事はこれを有効であるとして、さらに売渡処分をしたうえ、右買収、売渡を原因とする所有権取得登記、所有権移転登記の嘱託をなし、その旨の登記がなされた。

よつて、申立どおりの判決を求める。

第三、被告の答弁ならびに主張

(本案前の主張)

一、本件買収計画、買収処分、売渡計画、売渡処分はすでに取り消され、買収、売渡による登記も抹消ずみであるから、本件訴えはその利益がない。

区農地委は本件土地につき第九回買収計画を定めたが、その買収の時期までに原告の訴願に対する裁決がなく、府農地委はその後に裁決のうえ、買収の時期を第一〇回買収のそれである昭和二三年一二月三一日にずらして右計画を承認し、府知事は同日を買収の時期とする買収令書を原告に交付した。しかし、裁決は訴願提起期間満了の日より二〇日以内にこれをしなければならないものであり(自創法七条五項)、また買収の時期が買収計画に定められた日と異なる承認、買収令書の交付は違法であるので、大阪市東住吉区農業委員会(以下区農業委という)は府知事の確認をえたうえ昭和三二年一〇月四日右計画を取り消して、その旨公示し、府知事も同月九日右買収令書を取り消したうえ、同年一一月二九日原告にその旨通知した。本件土地の売渡計画、売渡処分も買受人の同意をえて取り消したし、右買収、売渡による所有権取得登記、所有権移転登記もすべて抹消ずみであつて、本件土地が原告の所有であることについては被告国においてなんらこれを争おうとするものではない。したがつて、本件訴えはすべてその利益を欠く不適法なものである。

二、かりに右の各取消処分が有効でないとすれば、本件訴えは次の理由により不適法である。

(1) 処分の無効確認を求める部分について

原告は、本訴提起の時は、本件土地が原告の所有に属する旨の所有権確認を求めていたが、その後訴えを変更して行政処分の無効確認を求める新訴を追加した。しかし民事訴訟法上の訴えの変更ないし併合は旧請求のために開始された訴訟手続内において従来の訴訟進行の結果を利用して新請求の審判をするのであるから、性質上請求併合の一般的要件を具備し、新旧両請求が同種の訴訟手続による場合でなければならない。ところで本訴の旧請求は通常の民事訴訟として民事訴訟手続により審判されるものであるのに対し、追加された新請求は過去に行われた行政処分の効力を争うもので行政事件訴訟特例法一条の訴えに属し、行政訴訟手続によつて審判されるものである。このように訴訟手続を異にするものである以上、新請求は訴えの適法要件を欠き不適法である。

(2) 所有権確認を求める部分について

本件土地は自創法一六条により売渡がされていて被告は現在所有権を有しない。しかも、行政処分は一旦処分としてなされ、存在する以上、有効な無効宣言ないし取消しがない限り表見的効力を有するものである。本訴は民事訴訟であつて行政訴訟ではないから、仮に本件土地の所有権は原告にあることを確認する旨の原告勝訴の判決があつたとしても、その判決の既判力は本件土地の現在の所有者に及ぶものではなく、原告は更に右現在の所有者を相手取つて本訴同様所有権確認の訴えを提起しなければならないわけである。したがつて所有権確認の訴えは現在の所有者を被告として提起すべきであつて、所有権のない国を被告とする本訴は訴えの利益がない。

(本案の答弁ならびに主張)

一、原告主張一の事実は認める。たゞし、買収計画は第九回であり、買収令書上の買収の時期は第一〇回のそれである。

二、同二の事実中、本件土地が昭和五年一二月府知事の認可を受けて設立された大阪市平野土地区画整理組合において都市計画法により土地区画整理を施行する地区内にあること、同地区が大半の区画整理工事を完了し、仮換地の指定(原告のいう換地の仮交付)を終つていること、仮換地指定前の旧地番、旧地積を表示して買収手続をすすめたことは認めるが、その余の事実は争う。本件買収処分には手続上前に述べたようなかしはあつたが、原告が主張するような手続上のかしはない。なお本件土地が現在原告の所有であることは認める。

(一) 本件土地は小作農地であつて、宅地ないし休閑地利用地ではない。

(二) 自創法五条四号の知事の指定は自由裁量行為であるから、右指定のない以上、区画整理工事完了の土地でも農地として買収することは違法ではない。

(三) いわゆる仮換地の指定があつた土地の買収処分の適法性について。

原告は換地の仮交付(被告のいう仮換地の指定)を受けた土地の買収に当り旧地番、旧反別を表示した買収計画、買収処分は無効であると主張するが、右主張は次にのべる理由により失当である。

旧耕地整理法一七条一項によれば換地処分の認可の告示があると、従前の土地と換地とは事実上別個の土地であるにかゝわらず、両者は法律上同一視され、その結果従前の土地に存した権利ないし法律関係は同一性をもつて換地に移行する。この換地処分は区画整理施行地の全部について工事が完了した後でなければできないことを原則とするが(旧耕地整理法第三一条)、区画整理のための道路、堤とう、溝きよ等の新設および廃止、区画形質の変更等の工事をするのに従前の土地につき使用収益権を有する者が引続きその権利を行使したのでは工事の妨げとなる。しかし使用収益権の行使を全面的に禁止することも不当なので、旧耕地整理法施行規則九条一〇号は組合の規約には必ず「耕地整理法第三〇条第四項ノ告示(換地処分の認可の告示)前ニオケル土地使用ニ関スル規定」を設けることゝしている。この規定によつて規約には通常「耕地整理法第三〇条第四項ノ告示前ニオケル土地ノ使用区域ハ組合長之ヲ指定スルモノトス。前項ノ使用区域指定前ハ事業ニ妨ゲナキ限リ組合員ハソノ所有地ヲ使用スルコトヲ得」という規定、またはこれと同趣旨の規定が設けられており平野土地区画整理組合の場合も同組合規約三〇条に右と同趣旨のことが定められている。組合長が換地処分認可の告示前における土地使用区域を定めることを通常仮換地の指定といつているが、この仮換地の指定は、換地設計が作成された後にされるのが通常であり平常の経過をたどる場合は後にされる換地処分の告示と一致し、仮換地と換地とは同一土地になるのが普通である。しかし仮換地の指定と換地処分の認可の告示とはその法律効果が全く異る。前記のとおり換地処分認可の告示があつて始めて従前の土地と換地とが法律上同一視され、従前の土地の所有権および使用収益権は同一性をもつて換地の上に移るのであつて、仮換地の指定にはこのような法律効果はない。従前の土地につき所有権を有する者は依然として従前の土地に所有権を有するのであつて、仮換地の上に所有権を有するのではないし、又従前の土地の上に使用収益権を有する者も法律上は依然として従前の土地の上に使用収益権を有するのである。たゞ仮換地指定の効果として従前の土地に対する現実の使用収益が禁止され、これに代えて仮換地につき同一内容の使用収益をすることが許容されるにすぎない。すなわちこの場合には法律上使用収益権を有する土地とこの権利に基づいて現実に使用収益する土地とが異なるのである。従前の土地の所有者が仮換地について小作を許容している場合には、法律的にみれば、この仮換地に相当する従前の土地につき小作権を設定し、小作人は従前の土地につき小作権を有する結果、仮換地の指定によつて、仮換地につき使用収益をしているものと解すべきである。自創法による農地買収の対象となる小作地は土地所有者が所有権を有し、小作人が小作権を有する土地であるから、それは従前の土地であつて仮換地ではない。さらに買収の対象となる小作地というためには、耕作の業務を営む者が小作権に基づきその業務の目的に供している農地でなければならないが、仮換地の指定があつた場合のように法律上小作権を設定されている土地と現実に小作権に基づいて使用収益している土地とが異なる場合にあつては、現実の権利行使の土地が農地たる要件を具備している以上、法律上の小作権の設定されている土地を小作地として取扱うのが法の目的に合致していると考えられる。

以上の理由により従前の土地を表示してなされた本件買収計画、買収処分は適法であつて、なんら違法な点はない。

第四、証拠<省略>

理由

一、政府買収、政府売渡の無効確認を求める訴えについて

原告は、買収計画と承認の結合により組成される狭義の政府買収、およびこれと買収令書の交付との結合により組成される広義の政府買収なる概念を構成し、これを一個の行政処分であるとしてその無効確認を求める。また原告がこれと併せて無効確認を求める政府売渡なる概念も、原告の右主張に徴すると、政府買収に対応する概念として、売渡手続を構成する売渡計画、承認、売渡通知書の交付等の個々の行政行為をいくつか結合して組成したものを一個の行政処分であると考え、これを政府売渡と称しているものと解せられる。しかし、自創法が買収計画、買収処分あるいは売渡計画、売渡処分等の個々の行政処分のほかに原告がいうような政府買収、政府売渡を独立の行政処分として認めているとは解せられない。また、自創法上の一連の買収手続、売渡手続により権利を害せられたものは、買収計画、買収処分あるいは売渡計画、売渡処分等の個々の行政処分を訴えの対象として救済を受けることができるのであるから、このほかに、ことさら政府買収あるいは政府売渡という概念を構成して出訴の対象とする必要もなければ利益もない。右訴えは行政訴訟の対象とならないものを対象とした不適法な訴えである。

二、登記嘱託行為の無効確認を求める訴えについて

買収を原因とする農地の所有権取得登記、売渡を原因とする所有権移転登記の各嘱託行為は、国民の権利義務に直接影響を及ぼすものではない。また私法上の権利主体である国の登記嘱託機関としての知事が、登記制度の一利用者という点では一般私人と同列の立場に立つて行うのであるから処分性がない。したがつて行政訴訟の対象となる行政処分ではなく、右訴えは不適法である。

三、登記の無効確認を求める訴えについて

不動産登記簿上に現出されている登記は、その不動産に関する権利または法律関係そのものではなく、また行政処分でもないから、買収、売渡を原因とする取得登記、所有権移転登記は、確認の訴えの対象となりえない。右訴えは不適法である。

四、所有権確認を求める訴えについて

成立に争いのない乙一ないし八号証を総合すると次の事実が認められる。

区農地委は原告所有の本件土地について自創法による第九回買収計画を定めた(昭和二七年一一月一二日付被告上申書添付の区農業委作成にかかる調査表によると、区農地委が第九回買収計画を定めた日は昭和二三年九月二七日、その買収の時期は同年一二月二日であると認められる)。原告はこれに対して異議の申立をし、その却下決定に対してさらに訴願をした。ところが、府農地委は、誤つて、右買収の時期までに訴願の裁決をすることなく、その後第一〇回買収の買収の時期である昭和二三年一二月三一日までの間に裁決のうえ、買収の時期を右第一〇回買収のそれと同一の時期として本件買収計画を承認した。府知事も、これに気付かず、買収の時期を右承認のあつたとおりとする買収令書を原告に交付した。後日これらの事情が判明するに及んで、区農業委は、本件買収手続には、適法な訴願裁決期間内に裁決がなかつた点と、承認および買収令書において買収計画に定められたのと異なる日を買収の時期とした点に違法があるとして、まず、本件買収にもとづきすでに本件土地の売渡を受け、引き続きこれを所有していた樽谷増次郎から売渡処分の取消しにつき同意をえたうえ、昭和三一年六月一二日本件買収計画と右樽谷に対する売渡計画の取消しを議決した。そして同年七月二日府知事に右取消しの確認を申請し、同年一〇月九日その確認をえて、昭和三二年一〇月四日右取消しを公告した。府知事もまた昭和三一年一〇月九日本件買収令書を取り消し、同年一一月二九日原告にその通知書を交付した。本件土地の不動産登記簿上も、売渡による所有権移転登記は大阪法務局中野出張所昭和三三年三月二五日受付第七〇五五号をもつて、買収による所有権取得登記は同出張所同日受付第七〇五六号をもつて、いずれも抹消登記がなされている。

以上の事実が認められる。

訴願裁決をなすべき期間を定めた自創法七条五項の規定は訓示規定と解すべきであるから、本件訴願の裁決が同法条所定の期間経過後になされたというだけでは、本件買収手続に違法があるとすることはできないが、買収計画に定められた買収の時期を承認あるいは買収令書交付の手続において変更することは違法と解すべきであり、前認定の事実によると、本件買収手続はこの点においてかしがある。もつともこのようなかしは、買収処分を当然無効ならしめるほど重大なかしとは認められず、このような場合には、処分を取り消すべき公益上の必要より以上に、関係人に及ぼす不利益の程度が重大なときには、処分庁みずから処分の取消しをすることができないとするべきであるが、前認定の事実によると本件買収処分を前提としてなされた売渡処分の相手方自身が売渡処分の取消しに同意しており、他に本件買収処分の取消しにより不利益を受ける関係人はいないのであるから、右の違法を理由として、区農業委において本件買収計画を取り消し、府知事において本件買収令書を取り消したのは違法ではない。また前認定の事実によると右取消処分はその手続においても違法はない。右取消処分は適法であり、本件土地の所有権はこれにより原告に復帰した。買収による所有権取得登記、売渡による所有権移転登記がすでに抹消されていることは前認定のとおりである。

ところで、被告が本訴においてはじめは原告の所有権を争い、その進行中にこれを認めるに至つたものであることは記録上明白である。所有権確認訴訟において原告の所有権を争つていた被告が、これを認めるに至つたとしても、通常の場合はそのために訴えの利益が失われるとするべきでない。その理由は、訴えの利益なしとして訴えを却下すると、被告において再び原告の所有権を争う危険がないとはいえず、この危険を免れるため原告が訴えを取り下げないで維持しているときには、裁判により解決するに価する法律上の紛争が当事者間になお存続しているものとみるべきだからである。ところが、本件の場合には右にいう危険があるとは認められない。なぜならば、被告は単に本件土地が原告の所有であることを争わない旨陳述するだけにとどまらず、原告が本件所有権確認訴訟の確認の利益を基礎づける事実として主張した買収処分、売渡処分をそれ自体一個の行政処分である取消処分によつて適法に取り消したのであるから、被告において本件買収処分を有効とし原告の所有権を否定する危険はすでに除去されているとみられるからである。被告は買収、売渡による登記もすでに抹消しており、被告において原告の所有権を争つていると認められる点はなにもない。このように、本件にあつては、被告が再び原告の所有権を争い、その地位を不安定にするおそれがあるとは認められないから、このような場合には、確認の利益はもはや存在しなくなつたものと解するのが相当である。(被告が他の原因を主張して原告の所有権を否認するに至る可能性がないとまではいえないにしても、原告はなんらそのような原因事実を主張していないのであるから、抽象的にそのような可能性もありうるというだけでは確認の利益を基礎づけるに十分でない。)

原告の右訴えは確認の利益を欠き不適法である。

五、所有権の回復を求める訴えについて

原告は右訴えとともに被告に対し本件土地の所有権確認と買収、売渡による各登記につき府知事が抹消登記手続をとることの容認を求めているから、右訴えが所有権確認あるいは不動産登記簿上の所有名義の回復を求めるものでないことは明らかである。原告の求める所有権回復という給付は具体的にどのような内容の給付をいうのか明確でないから、右訴えは不適法である。

六、府知事の行う抹消登記手続の容認を求める訴えについて

原告は被告に対し、本件土地につきなされた買収、売渡を原因とする所有権取得登記、所有権移転登記の抹消登記手続を府知事が行うことの容認を求めるのであるが、たとえ原告主張のとおり右各登記が抹消されないままなおその効力を有しているとしても、原告が右申立どおりの判決を得たところで、その判決は不動産登記法二七条にいう判決にあたらないから、原告が右判決により単独で右抹消登記を申請できるものでもないし、また右判決は被告が抹消登記義務を負担することにつき既判力を生ずるものでもない。したがつて、原告が求めるような判決をしてみても当事者間の紛争解決にはなんら役立たないから、右訴えはその利益を欠き不適法である。

七、以上のとおり本件訴えはすべて不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴九〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 平田浩 野田殷稔)

(別紙物件表省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例